所感

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アートの価値形成プロセスの考察1

 本稿では日本特有である日本画壇は取り扱わず、画壇の一員となることを目指すアーティストとは別に、ギャラリーや展覧会を通じて美術価値形成を図る現代美術に焦点を当てて論ずる。

 音楽、小説、漫画などの他の文化産業領域と同じく需要に対する恒常的な供給過多が見られるファインアート界では関してどのように競合を出し抜き、本業のみで生計を立てるアーティストとなるのだろうか。

 

■何に価値が置かれるか

 現代美術化の村上隆は著書『芸術起業論』、『芸術闘争論』の中でピカソゴッホ等を上げ、構図・コンテクスト・個性が美的な評価基準として存在するが、それらを纏め上げた作家人生の物語こそが商品価値となり買われ、作品から感じる重厚さを作家・作品「圧力」と表現している。現に、オークションで高値で取引されるアーティストも生涯を通してアーティストであり続けた人物のみで、一時の活動のみが評価されたアーティストは存在しない。

 そうした生涯を通した活動を言い換えれば作家の「来歴」に相当する。出展歴、受賞歴、教育などCV(Curriculum Vitae、履歴書)、パブリックコレクション等の情報が「圧力」として商品価値を担保する信用力となるのではないだろうか。

 作品価格を決定する変数としてCVを仮定するならば、変数は以下に分解できる。教育(Education)、大学や学士、修士などの学歴である。出展歴(Exhibitions)、日本では貸し画廊か企画画廊かという差異も考慮できるかもしれない。また、芸術祭も含む。助成金取得歴(Grants)、受賞歴(Prizes)、主に美術館の企画や公募展などの受賞歴。コレクション(Collections)、美術館や公共団体のパブリックコレクション、有名コレクターのコレクション入りなど出版記事掲載(Publications)、批評、著名雑誌への記事掲載、作品集などの出版。

 有名作家の作品価格が高額である理由は、美術館や著名コレクターの保有、多くの批評家による考察があり多くの個人・機関にその美術的な価値が保証されていることの証左であり、贋作やコンディションの悪化を除けば、美術的価値は将来時点においても劣化することはない。モナリザを例に取ると、短期間で消費される一過性のデザインと異なり、美術的な価値は作家と作品の来歴と共に不変である。

 需要者である資産ポートフォリオの分散効果や形而上的な力の誇示を狙う裕福層の立場にとってみると、来歴に裏付けられた美術作品以上に多期間に渡り価値が保証されている投資対象は代替を探すことが困難である。

 現に、そうした信用担保の効力を自覚、無自覚共に認識してか、アーティストの個人ページには必ずとも言ってよいほどCVが公開されている。また、作品であっても来歴・所有権の所在は展示と共に公開されている。

 

 

■ゲート・キーパー

 美大の進路などから読み取れるように、美術においても作家の供給過多が見られるが、一般にプロと言われるコマーシャルギャラリー契約作家は極一握りである。

 供給過多が見られる産業では、流通を行う事業者との関係を円滑化させるため、文化社会学の概念である「ゲート・キーパー」の存在が鍵となる。ゲート・キーパーとは氾濫する作家・作品の中で市場の流通に足る創作物を門の内側へ通す、文字通り門番であり、フィルターのような役割で作家・創作物を濾過し抽出する役割を担う。

 美術に置いてゲート・キーパーとはアーティストを取り纏め展覧会を企画するキュレーター、画商として展示・流通を司るギャラリストトリエンナーレなど美術祭型プロジェクトのディレクターや著名コレクターが当たるであろう。彼らが創作物を独自の審美眼で抽出し、コレクション、展覧会の開催、アートフェアへの出展など営業活動を通じ、市場への流通を図る。

 しかし、美大出身以外の人物もアーティストとして多数存在し、有名・無名問わず東京都内では毎日のように画廊での展示が行われる現状では、ゲート・キーパーらも全ての作家・作品へアクセスできる訳ではない。

 その中でゲート・キーピングのひとつ前、第一段目のフィルターの一つとして機能しているものが公募展であろう。VOCA展、FACE展、シェル美術賞など企業主催のものから、20~30代の若手に置いては院展・画壇系の公募であってもフィルターとして機能するだろう。複数名の審査員の審査を突破し、選りすぐりが展示される展覧会ではゲート・キーパーらのアクセスに掛かるコストも小さくなり、作家自身は受賞の際には受賞歴が来歴に掲載でき、「圧力」の一部となりうる。

 平面作品のみならず、岡本太郎美術賞ではパフォーマンス等も出展可能であり、版画であれば山本鼎版画大賞展、むろん、日本画であれば画壇系列展など公募展のみでも幅広い表現領域に門戸が開かれている。

 もう一つの第一段目のフィルターとしてポーラ美術振興財団の若手芸術家の在外研修助成制度、文化庁の新鋭芸術家の海外研修などの助成金が上げられる。海外での宿泊費を含む日当が出るほか渡航費なども助成され、海外での創作活動を通して国内・国外問わずゲート・キーパーへのプレゼンスも高まる。無論、アーティストのCVには過去に受給した助成金の記載義務がある。

 

■市場環境

 2018年時点での美術品市場に関する市場規模[1]は、国内事業者からの購入ベースで2125億円、うち画廊が735億円、百貨店が644億円と大半を占めており、アートフェア253億円、インターネット購入が180億円、オークションが135億円、その他が177億円である。

 百貨店における美術品売買のプレゼンスが大きく、百貨店の美術部門も市場形成の一翼を担っている。

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