所感

生活の所感を投稿します。

【小説】テロリズム大学

 「ここまでかぁ、さよなら」

 そうつぶやくと僕はAR-15から両手を離した。自重で落下した金属製の筐体がコンクリートの地面に激突し、ガチリ、という音が響いた。

コルト・ガバメントの減音器(サプレッサー)を左に回し地面に落とすと、銃口を咥える。血の味がした。僕のキルストリークはここで終わった。

123Kill-1Death

 

 5月半ば、新歓期間も終わり、新たな生活に新入生も慣れてきたころ、僕は無性に人を殺したくなった。

 ベッドの下から取り出したAR-15と装填(ロード)されたありったけのマガジンをギターケースにしまい、トートバックにコルト・ガバメントをいれ、マガジンを詰め込んだ。ついでにジャケットにあるポケットというポケットにも予備の弾倉を詰め込んだ。すごく重くてかさばるが仕方ない。サプレッサーは右側の内ポケットに差し入れた。

 AR-15はDaniel Defense社のDD-5という銘柄で、バレルは18インチ、全長は39インチもあって少し取り回しが悪いが、精度は100メートルで1MOA―直径1.4センチに収まる。僕大学の狭い構内の狙撃にはもったいないくらいだ。光学サイトはTrijicon社のACOGだ。光学4倍の倍率があって300メートルほどの距離があってもまず外さない。ちなみに300メートルでは直径10センチほどの集弾率になる。ゼロインは100メートルに設定した。

 僕はギターをやっているので、ギターケースは最高のカモフラージュだ。家を出て西武線に乗ってもどうみたって楽器やってる人の風貌で、この日本では誰もがまさかAR-15と散歩しているなんて思わないだろう。完全に溶け込んでいる。

 ほどなくして江古田に着いた。夏の訪れを感じる温かい日差し、散って緑に染まった桜の木、大学へのショートカットである神社を通る途中、コルト・ガバメントにマガジンを装填してサプレッサーを装着した。ちょっと取り回しが悪くなるがしかたない。

 キャンパスに入ってすぐ左手に一号館があり、そこにはすぐ大学生協があるので僕は最初の1キル(ファースト・ブラッド)はここで決めようと思った。手っ取り早いし、何しろ今は講義中の時間帯なのでスタッフ以外ほとんど人がいないこともある。

 「どうも、こんにちは」

 僕は生協の総合カウンターに立つポニーテールのおばさんにいつもの挨拶をする。

 「はい、こんにちは」

 「今日、ちょっとお見せしたいものがありまして・・・」

そういうと僕はトートバックからコルト・ガバメントを取り出し引き金を引いた。バシュ、と空気感のある音だ。

 「えあ、」

 声にならない声が出たかと思うと、頭部から真っ赤な花が咲いて、ゆるやかに下落していく。

 「え・・・」

 「いやあ、すみませんね」

 立ち尽くす他の二人の生協販売員にも続けて狙いを定め、バシュ、バシュ、とやった。生協の総合カウンターは時期に沿うように薔薇園が開催されることとなった。

 コルト・ガバメントを内ポケットに入れ、レッドブル250mlを生協の棚から取り出すと、一人だけスタッフがいるレジへ向かった。

 「これください」

 「210円になります、支払はどうされますか」

 「これで」

 バシュ、と.45口径の銅貨で支払うことにした。ちょっと代金には足りなかったかもしれない。

4Kill-0Death

 

 僕はレッドブルを一気飲みすると、いたるところにあるゴミ箱に空き缶を投げ込み、生協を抜けた先にあるガラス張りの教室へ向かう。大量虐殺は時間との闘いだから、警察やら特殊部隊という法執行機関がやってくる前にいかに打ち殺しきるかが大事だ。

 1面のみガラス張りの教室なのだけれども、裏口、教授用の出入り口を使えば、講義室に入るまで身を隠しておくことができる。あんまり目立たないので、よく講義に遅れた時には使った出入口だ。エレベーターのある場所を抜け、裏口へとたどり着いた。

 入る前にギターケースを開き、AR-15とマガジンを取り出し、マガジン挿入口へ差し込んだ後、たまに挿入不十分で落下するそうなので、さらにダメ押しで下から叩いた。ガチッっと気持ちいい音がなり、チャージングハンドルをジャコッと引き初弾をチャンバーへ送り込こんだ。

 AR-15を両手に抱え、予備マガジンをジーンズの尻ポケットに2つほど差し込んで、おもむろに講義へ参加した。同時に右手の親指でセーフティを解除した。

 檀上のある側から入場したので、学生たちの好奇な視線が降り注ぐ。僕もいくつかの視線と目を合わせてみた。400人ほど入る部屋だが、今日は半分くらいの席が埋まっていた。

 視線を浴び、あたかもソロ・プレイ中のサックス奏者の気分のまま、ADS(エイム・ダウン・サイト)へ移り教授を射殺した。パァン、という破裂音が響く。誰かが悲鳴を上げて教室は騒然とした。

 ここからは時間との戦いだ。出入口へ殺到する学生、彼らが逃走する前に何人打ち殺せるだろうか。作業のように一番近い席に座る学生から頭を順番に打ち抜いていく。動いている的というのはとても狙いにくいもので、大半を殺し損ねてしまった。マグチェンジを挟み、2分ほど撃ち続けただろうか。悲鳴、怒号、大混乱の渦中にあった教室は静かになり、遠くで警察を呼ぶような叫び声が聞こえる。

 「どうしてこんなことするんですか・・・」

殺した数を確認するため死体を数えていたところ、腹部に命中して動けなくなった学生が掠れ声で問い掛けてきた。

 「君は人を殺したいと思ったことはないのか」

 「そんなこと、あるわけないじゃないですか」

 「価値観の違いだと思う。俺はいつもある。自分を含め、誰かを殺したい」

 僕はコルト・ガバメントに持ち替え、苦痛を取り除いてあげた。ギターケースから更なる予備のマガジンを尻ポケットに差し込むと、キルカウントを求め大きな教室である2号館へ向かった。銃社会ではない日本は、撃ち返されて殺される心配もない。

25Kill-0Death 

 

 2号館では先ほどの混乱から近い場所ということもあり、学生らが様子を窺っている様だった。僕は教室の横のドアを開け入場し、即座に近い位置にいる学生を3人射殺した。再び起こる大混乱の中、逃げ惑う学生に慎重に狙いを定め、次々と射殺していった。パァン、という銃声が断続的に―ある種のリズム感を伴って響く。

 「くそっ」

 弾切れを起こしマガジンチェンジに手間取り声が漏れた。落下したマガジンを蹴りのけ、尻ポケットから新たなマガジンを取り出し、挿入後、ボルトリリースレバーを叩いた。これで再装填ができた。

 「隠れている人も、いるんでしょう?」

 恐怖感を煽った。ゆっくり教室を巡り、机の下にいる学生がいないか見て回ることにした。すると、女学生が隅の方で震えている事が分かり、僕はゆっくり時間を掛けて距離を詰めていった。

 「どうも、こんにちは、3年の高橋といいます」

 「やめてください!」

 僕は女学生にコルト・ガバメントを向けたが引き金は引かなかった。人とは関係性の生き物で、僕も例にもれず人と話したかったのだ。死とは生き残った人にとって孤独なものだ。

 「これからあなたを人質にします、撃たれたくなかったら付いて来てください。学部は、何年生なんですか?」

 「しゃ、社会学部の2年・・・」

 「名前は?」

 「代田です・・・」

46Kill-0Death

 

 女学生を連れ、2階部分にある2号館を出てキャンパスを俯瞰するとあちこちで叫び声が聞こえ、すっかり狂気に包まれていた。これこそが求めていた混沌なんだ。

 AR-15を手すりに委託し、射撃を行う。100メートルほど離れているが、この銃の精度なら全く問題ない。160dbにもなる射撃音は、外で発砲するにはあまりにも大きすぎて、音が建物に跳ね返り残響がこだまする。逃げまとう学生に照準を合わせ次から次へと狙う。

 「もう、やめてください!」

 代田さんが叫ぶが僕は聞く耳を持たなかった。キルカウントが1を超えた時点で後戻りはできないのだ。守衛さんが学生の中を逆走してこちらへ向かってくるところをみて僕はためらいなく打ち殺した。

 「次は8号館に行きます、ついてきてください」

 コルト・ガバメントを突き付けながら2号館2階から8号館3階を繋ぐ連絡通路を歩き、直ぐそこにあるキャリアセンターにまだ人がいることを確認すると、AR-15に持ち替えた。受付で外の様子を気遣う飯田さんと佐藤さんを打ち抜き、PCを利用中の学生をPCもろとも射殺した。代田さんは恐怖からだろうか泣いている。

 「こんなの狂ってます」

 「僕は狂気こそがリアルだと思う。日常の背景には無数の狂気や無意識が潜んでいる。そういったものは社会通念によってひた隠しされている。僕らは等しく排泄しているし、僕が殺した何倍の人間が毎日死んでる。常識ではそういった狂気とも言えることこそが人間、はては世界の本当の姿なんだ」

 「なんで人を殺すんですか」

 「リアルに一歩でも近づくためだ。ある日いつも通り講義を受けに行ったら通り魔に打ち殺される、そういった不条理を実現させるためさ」

 僕は再び代田さんに銃を突きつけ8号館を出ると、正門が真正面に見える位置に出たので再びAR-15で学生を狙撃した。スコープを覗いて照準を合わせるのはFPSゲームと錯覚する。

 人間の生と死は等価交換ではない。数値というものは上限が無いからだ。生命を1、死をゼロとすると、自身が死亡した時1を失うが、殺せる数というものは無限大に存在する。生と死は非対称にある。そういった不条理の可能性すら世界は孕んでいるのだ。これを狂気、そして本当のリアルと言わずとしてなんというのだろうか。

66Kill-0Death

 

 キャンパスの中央に位置する3号館へ移動中、正門付近にパトカーが見える。法執行機関が到着したみたいだ。僕は逃げ惑う学生を狙撃することをやめ、様子を見ることにした。

 3号館1階の学生ラウンジに到着した僕らは、居残っていた愚鈍な学生をコルト・ガバメントで頭部を打ち抜いた。

 「もうやめてください・・・」

 涙ながらに彼女は懇願する。さすがに鬱陶しくなって代田さんを射殺した。

 急に室内が静まり返り、僕は孤独感に襲われた。

 人質もないし身軽になった僕は、まずは3号館で未だに講義している教室を片っ端から巡ることにした。ひたすら発砲音が響き渡り、これでもかというくらいトリガーを引いた。3号館は僕のソロ・プレイが奏でる音に満たされた。

 3号館の窓から正門が見えた。拳銃を片手に警察がキャンパスに突入するところが見える。拳銃とライフルでは制圧力に差があり過ぎる。窓からスコープを覗き動く的を狙い発砲すると警察は直ぐに身を隠した。

 100メートルと遮蔽物を挟んで銃撃戦が始まった。どうせ拳銃なんか当たりっこない。僕のそばの窓ガラスが割れた音がしたが、気にせず打ち返した。何発かは体のどこかに命中し、警官がうずくまるのが確認できた。

 僕はキャンパスの広い部分へを見渡せる10号館の屋上へ向かう。10号館へ向かう途中に遭遇した学生に向けほとんど無意識的に発砲するとエレベーターを使用して7階へ向かい、屋上への非常階段へ繋がるドアを開けた。

 ここからなら好きなだけ人を殺せる。撃ち下ろしの角度がきついが、僕の殺人欲求は満たされるに違いない。撃って、撃って、撃ちまくる。

122Kill-0Death

 

 

 

 どれほど撃ち続けただろうか、僕は満足感を通り越し、孤独感と虚無感に包まれた。じきに強固に武装した特殊部隊が来るだろう。僕がいままでそうやってきたように射殺されるのだ。しかし、痛いのはごめんだ。

 試合というものは楽しい。それは相手が互角に近ければなおさらだ。しかし一方的なゲームというものは一瞬の高揚感はあれど、それが長く続けば途端に飽きてしまう。これ以上人を殺すのは疲れてしまった。いや、飽きてしまったのだ。

とある精神科医によると、攻撃的な性格を持つ患者は最終的に自己へとその矛先が向けられるらしい。途端に罪悪感が背筋を這いあがる。

 

 「ここまでかぁ、さよなら」

 そうつぶやくと僕はAR-15から両手を離した。