【小説】バトルロイヤル大学 ①
正面60メートルに移動する二人の敵影が見えた。俺は自販機に隠れながらMP5のセーフティを解除すると3点バーストモードに切り替え撃った。秒速360メートルで飛翔する弾丸は彼らを掠め、コンクリートの壁面に激突しパチンという音が弾けた。この発砲音で敵がこちらに向かってくるだろう。俺達は移動を開始した。
・・・
「今から二人一組になって殺し合いをしてもらいます。最後の二人となったら晴れて学士の学位が与えられ、卒業となります。死亡者は残念ながら、退学とさせて頂きます。相方はクジで決めます。」
ざわめく。学科120人ほど集められた講堂で学長の山㟢により発せられた"卒論"の概要である。山嵜を見るのは初めてだが、いかにも普通の教授といった風貌だ。集められた学生は、男が少し多いだろうか。
「静かに! これは社会で文字通り生き抜く為の選抜試験も兼ねています。判断力、瞬発力、実践的知能をテストするものです。これを生き抜かなければ今後君たちが社会に出た時にぶつかる困難には到底立ち向かえません。武蔵大学を代表するからには、ここでサバイブする力を発揮しなければなりません」
120人いたとして生き残るのは二人、生存率は1/60、つまり2%もないのか、と計算している内に、学長が箱の中から紙切れを抜いていく。入場前に俺に与えられた紙切れには39番と書いてあった。
「15番と・・・84番! 次、92番と97番! 次、32番と54番! 次、102番と66番!」
番号が呼ばれたと思わしき学生がキョロキョロ見渡す。要領のいい奴が相方だと助かるのだが・・・。運も実力の内だろう。
「次、23番と74番! 次、1番と11番! 次、118番と95番! 次、43番と21番!」
「次、89番と・・・39番!」
どうやら俺は89番の奴とバディになるらしいな。とは言えども向こうの番号を確認する手立てがないのでただ次の番号を清聴することにした。
「117番と、33番! ・・・これで番号の発表は終わります。これから諸君には耳栓と目隠しをしてもらって、スタッフが連れて行くのでキャンパス内のどこかに移動してもらいます。物資はキャンパス内の各所に配置しているので、自由に拾って自由に使ってください。初心の諸君の為に、複雑な物資にはマニュアルも添えてあります。必要であれば目を通すように」
黒スーツを着込んだスタッフが行動へゾロゾロと入場してくると、俺達は視覚と聴覚をシャットアウトされ、移動させられた。次見た景色は7号館7214教室のホワイトボードだった。
・・・
「馬場さんじゃないっすかあ!」
後方から聴こえてきたのは聴き慣れた声だった。
「土肥(ドヒ)じゃないか」
「馬場さん、休学してたからここにいるんですか? いやーめちゃ嬉しいッス! いきなり呼び出されていきなり殺し合いだなんて言われてビビりましたけど、馬場さんとなら勝てる気がします!」
「俺もほんと土肥で良かったわ、一つ助かったな」
土肥は俺の一個下の学年で、旅同好会という部活に所属している後輩だ。趣味はギターや機材弄りで、そのセンスはどこかナードなものを連想させる。知り合いというのも幸運だったのかもしれない。知らない奴よりかは連携が取りやすいだろう。こいつなら頼りになりそうだ。
俺達を連行してきた黒服がゴトリと箱を置いた。粗悪な鉄材で構成されてるそれは重量感があるように感じた。黒服の一人が口を開く。
「現在は9時40分だ。最終試験は10時ちょうどから行い、チャイムが試験開始の合図になる。試験終了の時刻はなく、最後の二人が残るまで殺し合いをしてもらう。その箱の中にあるものが君たちに最初に支給される物資だ。10時までは我々が見張りをし、外には出てはいけないが自由に会話をしてもいい」
俺は鈍く光る箱を空けると、地図を表示したタブレットが1つ、ナイフが2本、拳銃であるSIG SAUER P226が一丁、と説明書が1冊、9mmx19mmの弾薬の詰まったマガジンが3本分入っていた。他の組がどのような物資かは知らないが、飛び道具がある分マシだろう。
「試験を効率よく進めるために、今は中高含めキャンパス内全域が試験会場であるが、時間経過と共に試験会場を徐々に狭める。試験会場の範囲はタブレットに表示されている。試験会場から外側にいる者はスタッフの警告の後、射殺され試験失格となる。タブレットはくれぐれも破損しないように」
そういうと黒服は口を噤んだ。なるほど、これ以上は何をしてもいいってことか。
「土肥、銃とタブレットは1丁しかないけどどっちが持つ?」
「馬場さんにお任せします」
「よし、次の銃が見つかるまでP226は俺が持つ。俺達に銃の説明書は不要だな。タブレットは土肥が持っていてくれ」
「了解っす!」
そういうと俺はジャケットのポケットに2つマガジンを入れ、残る1マガジンをP226に挿入した。シャキっという小気味良い音が響く。P226にはどうやらセーフティが無いようだがスライドを引いて初弾をチェンバーに送り込んだ。
「試験官、試し打ちは良いか?」
「駄目だ」
「弾を入れずに撃つ、ドライファイアは」
「まあ・・・いいだろう」
マガジンをリリースし、マガジンは自重で落下することを確認すると再度スライドを引いて弾薬をイジェクトした。トリガーに指を掛けると力を入れる。パチッという音がした。トリガーは重すぎず軽すぎず、弾きやすいと感じた。照準器には白ドットが埋め込まれており狙いやすい。ドライファイアで撃ち着心地を確認すると、落ちた弾薬をマガジンにロードし、再度P226に装填した。
「土肥、こいつは撃ちやすそうだ。サイトは白ドットがあるし、トリガープルも悪くない」
「このタブレットも専用の地図アプリかなんかでGoogle Mapみたいな使い心地っすね。それぞれグリッド状に区間が切り分けられていて、今は僕らは7号館の2階なので、Aの3にいるらしいっす」
タブレットを確認すると、南が上方にあり、上半分が武蔵中高エリア、下半分が武蔵大学エリアとなっている。A3に現在地が赤ドットで示されており、これが俺達の現在地を示唆するものらしい。こうしてみると武蔵大学はあまり広くない。ロングレンジでの打ち合いというより、室内戦が多くなるかもしれない。室内間の移動には気を付けた方が良いだろう。マップとにらめっこしていると開始を知らせるチャイムと女性の声でアナウンスが聞こえてきた。
《皆様、試験開始の時間です。現在は試験範囲はA1からD5まで、全域が対象になっております。試験会場はアナウンスと共に収縮いたしますので、聞き逃さぬようにお願い致します。それでは、検討を祈ります》
「まずはいきなり殺されるのはごめんですし、ここ7号館に籠城してみるのはどうっすかね」
「そうだな・・・しばらく様子を見てみよう」
黒服が部屋を出る。数分後、パァンと乾いた音が反響して遠くから聴こえる。始まったか、最終試験(バトルロイヤル)が。
・・・
「7号館での動きは無いみたいだな」
「そうっすね・・・」
俺と土肥はドア付近に待機して突然の来訪者に備える。土肥はナイフを抜き身にして構えており、俺はP226を銃口を下に向け待機している。パパパパンと断続的に聴こえてくる。恐らくC2、武蔵中高の方向だろう。ライフルやマシンガンの類も物資として存在するようだ。対ライフルでは拳銃は心もとない。
「土肥、俺達も物資を求め隣りの部屋に移動するぞ」
7号館7214教室から静かにドアを引き、廊下を窺う。どうやら廊下には誰もいないようだ。俺は小声で土肥にそれ伝える。7214教室から7215教室に入るとリュックサックが一つ置いてあった。中にはスニッカーズ、ポカリスエットなどの食飲料が少し、9x19mmの弾薬が20発ほど入ってあった。俺はそれらを右ポケットへ詰めるとリュックを土肥に背負わせた。
「うおおおおおお!」
「ああああ!」
突然の怒号に俺と土肥は戦慄する。どうやらお客同士が近くの教室にいたようだ。発砲音が聴こえないということは拳銃の類は持っていないのかもしれない。
30秒ほど聴こえた怒号が聴こえなくなる。どちらかの組がどちらかの組を蹂躙したようだ。俺は土肥に目配せと、指を外に向けて指した。漁夫の利だ。蹂躙したならば相手の物資を漁るだろう。その隙にやる。拳銃を持っていないのなら勝算は十分にある。
未だ物音がする7217教室へ向かい、音を立てないよう静かに中腰で移動する。ドア前まで待機すると俺はP226を握る。手が汗ばんでいるのが分かった。土肥に向け指を3、2、とカウントすると勢いよく室内へ飛び込んだ。
「動くな!」
P226を向け俺は叫ぶ。中には体育会系の男二人組がナイフを片手に驚いている。硬直している片方の男の胸部めがけ発砲した。パァンという爆音が室内に響く。男は崩れ落ちた。続けざまにもう一方の男へ数発発射すると、沈黙が訪れた。
「土肥、室内クリア」
「さすがっすね・・・」
人を殺したのは初めてだった。
血だまりと4人の死体が並んでいる。俺と土肥はそれぞれの荷物を物色することにした。出てきたのはウィダーゼリーと銃弾で穴の開いたリュックサック二つ、菓子パンの類だった。銃器は出てこない。土肥がこちらに向け首を振るのが分かる。目ぼしいものは無かったようだ。
「土肥の分の銃器がいるな・・・。とりあえず部屋を変えよう。これだけ大きな音だしたんだから俺達と似たような考えで襲ってくるかもしれない」
「了解っす、とりあえず上階行きますか」
「流石に7号館に俺達も入れて6人いたし、3階にはいないかもな」
注意深く廊下をクリアリングし、7号館内部にある螺旋階段を音を立てぬよう上り、3階にたどり着く。3階はコンピュータールームになっており、iMacやPCが立ち並んでいる。遮蔽物も多い。銃を持っている俺を先頭に静かにクリアリングする。3室あるコンピュータールームの一つをクリアし終わると、奥のデスクに置かれていたライフル用の.223弾薬が50発手に入った。
「ひっ・・・うぅ・・・」
二つ目の部屋に入った時、異変は起きた。女性のすすり泣く声が聞こえてきたのだ。7,8人目がいたのだ。P226を再び構え、土肥に背後を任せ、静かに声の元に前進していく。
「動くな」
ナイフを持っている事を警戒し、3メートルほどの距離を空けて声を発した。しかしその女学生二人は戦意などまるでないように見えた。
「こ、殺さないでください・・・」
「何か武器となるものは?」
「使い方、のよく解らない、鉄砲が一つ、あります・・・。 必要なら、持って行って、下さい、その代わり、殺さないで、ください・・・」
彼女らは涙ながらに話すと、リュックの中からベレッタM92とマガジンは3つが取り出した。戦う気はないという意志表示か、それらをこちらに差しだしてきた。俺は銃口を向けていたP226を下げ、警戒しつつもベレッタM92とマガジンを受け取ると、土肥に渡した。
「いいんすか? 銃が無いと君たち何もできなくなるじゃないですか」
「いいんです、人なんて、殺せないし」
「それならいいすけど、ありがたく貰っときます!」
土肥はマガジンの残弾を確認してベレッタに挿入するとスライドを引いてセーフティを確認した。俺達はすすり泣く女学生を背後に部屋を物色し、隣の部屋も物色したが、結局出てきたのは250mlのレッドブル2本だった。