所感

生活の所感を投稿します。

【小説】My Girlfriend,Who Is ③

前回 

subject:無題

 『わたしを探して。わたしはMOTにいます』

 

「ふーん、そう来たか」

 知らないアドレスから送られてきた一通のメール。無題のタイトルに短い一文、これは朋子から送られてきたのだろうか? 今時メールなんて紙媒体と同じくアンティークなものだ。俺は電子タバコをソケットに入れ、過熱を開始する。ほどなくして振動し、喫煙準備完了になる。まずフィルターを咥え、一呼吸した。その内に沸かしていた湯をカップに注ぎ、直接ティーバッグを放り込んだ。時刻は8時を少し回った所だ。

 MOTMOTと言えば東京都現代美術館を指しているのだろうか。1995年に開館し、開館50周年を超えている。現在ではダムタイプというアーティスト集団の結成70周を記念する企画展がオープンしている。すでにリーダーは死去しているが、団体というのは団体に通じる一貫した意志がある限り、受け継がれていくものなのかもしれない。

 俺は愛理さんのスマートリングへ通話を掛ける事にした。2度、吐き出したタバコの煙が拡散する間を空け、通話は繋がった。

「おはようございます、愛理さん。」

「おはようございます」

「早速ですが、実は差出人不明なのですが、朋子と思われる人からメールが送信されてきまして、内容は『わたしを探して。わたしはMOTにいます』との事です。おそらくMOT東京都現代美術館を指しているのかもしれません」

そこで愛理さんの息を呑む音が聞こえた。

「僕はこれからウソかホントかわかりませんけど、東京都現代美術館へ向かってみようと思います。よかったら愛理さんも一緒に来ませんか」

「ちょっと待ってください・・・。ごめんなさい、ちょっと身の回りの整理をしたくて、今日は行けないかもです」

「せっかくの手がかりですよ、身の回りの整理なんて後でもできるじゃないですか。そりゃ体が変わって色々大変かもしれませんが、チャンスかもしれませんよ」

「それはそうなんですが・・・」

「お願いしますよ」

「わかりました、どこへ向かえばいいですか?」

「ちょうど休日で助っ人が暇そうなのでこれから呼びます。その人のその車がいいかな。追って連絡します」

 淹れた紅茶はすっかりぬるくなっている。二人より三人と思い大学時代の相棒とも言える新田に連絡を入れてみることにした。新田は同じサークル・学部で4年間共にしてきた奴で、ガタイがそこそこあって、基本的には良い奴だ。今はメーカー勤務でこれから2年目となろうところだ。あいつの事だからどうせ暇な休日を過ごしているだろう。

 奴のスマート・リングへ通話を掛けると、数度紅茶に口を付けたところで新田は応答した。事情については、相川に説明したこともあり、2度目はメールの件も添えてスムーズに伝えられたと思う。

「新田もMOTに来ないか、そして車も出来れば出してほしい」

「しゃーないなあ・・・。しかしその込み入った事情には興味はあるね。しかし俺は美術なんてまるでわからんぞ」

「二人よりは三人の方がいいだろ、その方が探しやすい。それに目的は芸術の鑑賞じゃなくて人探しだ。今の姿の朋子―眼鏡の愛理さんだ―の画像もそっちに送る。俺も見慣れてないから見落とすかもしれない」

「でも日時は書いてないんだろう? それは昨日の話か、明日、明後日の話かもしれん。今日ずっと一日美術館にいるつもりなら俺は行く気が無い」

「恐らく何かのヒントだと思う、俺は。美術館に何かあるのかもしれない。それに元々手がかりはないんだし、とりあえず行ってみるに越したことはないだろ」

「そうか。わかった、どこ集合よ」

「すまないが、10時くらいに明大前まで来てくれないか、愛理さんともそこで合流する」

「しゃーないな」

「ドライブだと思ってくれ。バッテリーの電気代と駐車場代は俺が持つ」

 すっかり冷たくなった紅茶を片手に更に一服し、外出の準備をした。飲み終えた紅茶をつけ置きの皿の上に置いた。

 

 明大前に少し早く到着した俺は、少しあたりを散歩することにした。駅前はこじんまりとしているが賑やかで、京王電鉄系列のスーパー、スタバ、マクドナルドのようなチェーン店も揃っている。不動産屋がやや遠くの正面に並んでいるのを見て、朋子に一瞬のノスタルジーを感じた。

 そうこうしてる内に愛理さんを出迎えた。服装は朋子のを借用しているみたいだがメイクが違う。赤いアイシャドウのうさぎ目メイクではなく、ブラウンのアイシャドウで少し大人びた印象を受ける。そこに朋子の面影は薄くなって、記憶の中の朋子が拡散して、新しい朋子像が形成されていくように感じた。化粧といった染み着いた日常的な習慣は代えられないのかもしれない。

 ほどなくして新田の水色のEV車が滑らかに走行してくるのを見かけると、片手を上げた。後部座席に愛理さんを乗せ、俺は助手席に座る。相川の時と同じように新田は朋子ではないことに驚いているようで、誰しもこういう事情には同じような反応をするのかもしれない。

「びっくりですね、愛理さん。朋子さんの外見なのに、中の人が違うなんて」

「ええ、新田さん、初めましてですね。精神取引をしたのは3日前なんですけど。初めは手を動かすのにもちょっと違和感がありましけど、さすがにこの体にも慣れてきました。目線の高さがちょっと低くて皆さんすごく背が高く見えます。でも体の部分で言えば出てるとこが出てて、朋子さんが羨ましいです。朋子さんから言えば、身長の部分で思う所があるかもしれませんけど」

 俺は新田のEVにスマートリングを登録すると、景気づけに2010'sの音楽を流した。2010年代はサブカルチャーの最盛期と言える頃らしく、当時は下北沢、原宿をファッションの拠点として、アングラなライブが日々行われていたらしい。とりわけ俺が好きなのは大森靖子だ。その激情で、真っ直ぐな歌唱と歌詞は今でも俺達のような若い世代に沁みわたる。いくつかあるアルバムから2017年の「kitixxxgaia」を開き、「勹″ッと<るSUMMER」―グッっとくるサマーだ―を選択した。スマートリングでボリュームを上げる。猫なで声の地声のセリフのイントロが流れたと思うとポップなバックサウンドに曲が展開されていく。それに耐えられないのか新田が渋い顔をした。

大森靖子はいいぞ、激情ロックだ、直情的だし、生命を感じるね、俺は」

「お前メンヘラだし、好きそうな曲だなあ。講釈はいいが音がでかい、少し下げるぞ」

「そういや、愛理さんは美術に関してはどうなんですか?」

「そうですねえ・・・ よくミュシャ展とか、印象派の展覧会とかそういったものには行きますけど現代美術となるとあんまり詳しくないです」

「まあ今回は人探しなので全然、大丈夫ですよ」

 新田の心がけるという安全運転で、急なブレーキもなくGも感じずに進行する。千代田区に入ると、皇居周辺の高いビルが連なる景色が見える。それは日々働きアリが出入りする蟻塚のように感じた。ビル群を通過して隅田川を超えると江東区に入る。MOT近くの駐車場へ止まると同時にポップでアングラな曲も止まった。新田に運転の礼を言う。駐車場代は30分200円という最大1200円というほどほどの相場だ。

 MOTはやや混んでおり、25分ほど待ってチケットの受付の順番が回ってきた。より広い範囲を探せるよう3人分の企画展チケットを購入する。企画展のチケットならば常設展にも行けるからだ。二人にチケットを渡し、企画展の受付を通過する。美術館へ本来の目的以外で訪れたのは初めてだ。

「館内はそこまで広くないのでばらけずに3人で探しましょう。混んでいるので見落としがあるかもしれないので」

「了解」

「わかりました」

一向はまず企画展であるダムタイプというアーティスト集団の展示へ向かう。入ってすぐにはそれまでの経歴とアーティストに対する説明を記したパネルがあり。次いで大きな展示室にはレコード台座からそれぞれ光と音が発生するという作品《Playback 2036》が展示されている。大きな音が出る作品なので、話し声には気を遣わなくて良さそうだ。次いで鏡面張りの空間に、プロジェクションマッピングタイポグラフィが投影されるインスタレーション作品。愛理さんは鏡に映る朋子の姿が自分ではないような気がするのか、手や足を動かしたり鏡に映る朋子を見つめている。

 ブラウン管TVに映し出されるダンスの映像作品などが続く。展示を観る人々に目をやるが、美術館にも拘らず手を繋いだカップル、外国人男性、ジーンズを履いたヒゲにレンズの大きい黒縁眼鏡といったいかにもデザイン系な男性、あか抜けない若い女性。朋子ー愛理さんの姿―は一向に見当たらない。

「愛理さん、どうですか、自分の姿は見つかりませんでしたか?」

「身長があるので見つけたらすぐわかると思いますが、今のところいませんね」

 自分で自分の姿を探すというのも奇妙なものだ。人間は鏡に反射する姿でしか自分を認識できない。というのは構造主義論者のジャック・ラカンによる論だ。果たして朋子と邂逅した時、自分自身―朋子だ―が自律的に動く姿というものは愛理さんにとってどう見えるのだろうか。

 途中にある《MEMORANDUM OR VOYAGE 2034》は巨大なスクリーンによる映像作品だ。中心線が上下し、生と死の境界線をどこまで科学は担保するのか。問い掛ける作品である。今尚科学が発展しても死は謎に満ちている。

 スキャナーのようにコンピューター制御で動作するバーは《PH》と命名されており、項対立を象徴している。その付近にはLOVE・SEX・DEATH・MONEY・LOVEの文字がひたすらスクロールする《LOVE/SEX/DEATH/MONEY/LIFE 2018》が展示されている。

 SEXの対立はなんだろうか。俺は死だと感じた。LOVEの対立も無関心ではなく、死だ。この資本主義社会ではMONEYの欠乏は社会的な死を意味する。LIFEも言わずもがなである。しかしDEATHの対立はなんだろうか、と考えると思いつかない。恐らく死は一方通行のものであり、不可逆的な変化であるのだ。死は全てを受け入れるが、死は死以外の何物でもない。ダムタイプは一貫して死とは何か、問い掛けているのではないだろうか。

 

 企画展を抜け、ひと段落したところでロビーにて落ち合う。

「鳩羽、朋子さんは居ないみたいだけどこの展示がヒントなのか? 俺にはさっぱりわからんが」

「面白い展示でしたね、バーが動いたり、鏡張りの宇宙みたいな空間があったり。わたしは鏡に映る朋子さんが気になっちゃいましたけど」

「俺も展示について色々思う所はあったが、これがヒントになるとは思えないな。休憩したら絵と彫刻が中心の常設展に行こう。言い忘れてたけどコインロッカーがあるんだよね。一旦荷物をそこ閉まってからだね」

 コインロッカーに荷物を預けた俺達は美術館の奥にある常設展へ向かう。まず目に入ったの、以前は屋外に設置されていたアルナルド・ポモドーロによる《太陽のジャイロスコープ》2つの輪が機械的なモチーフを取り巻いている。どこかスチームパンクを彷彿とさせる造形だ。

  テキスタイル作品で著名だった手塚愛子《縦糸を引き抜く(傷と編み目)》《層の絵-縫合》の作品群を抜け、戦後のルポルタージュ絵画を見た。思わず作品に目を取られ、人探しという主題を忘れかけていた。辺りを見渡しながら早足で展覧会を抜けるが、朋子―愛理さんの身体―の姿は見つけられない。

「なあ鳩羽、結局いないじゃないか、やっぱり日時も分からないし、無駄足じゃないのか」

「でもヒント足り得るものはあった、この常設展には草間彌生が展示されてた。朋子は草間彌生の大ファンで、著書にしかり、ドキュメンタリー映画まで一緒に観に行った記憶があるもう一度草間彌生の展示を観てみよう」

 展示を逆走して草間彌生の展示にたどり着くと、無限の網、黄色いかぼちゃ、ソフト・スカルプチュアの作品群と版画が展示してある。朋子の好みはコラージュだったことを思い出し、鳥のコラージュへ目を移した。

「朋子の好みはコラージュだったんです、きっとこれに意味があるのかもしれない」

「いくつか飛んでるような鳥・・・ですね。その隣には、魚もいるし、海のモチーフの版画でしょうか?」

「コラージュって、なんかグロいなあ」

うーん、と新田は腕を抱えて唸っている。はたから見れば絵画に興味があり造形に惹かれる美術ファンのように見えた。

「思いついた!」

二分ほど考えてた新田が突如声を上げた

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