アート市場のプライシング、価値形成
ご注意:この記事は書きかけであるとともに筆者の諸事情への理解が不十分であるため客観性を大きく欠いています。とある一個人の意見に過ぎず、外部への示唆を目的としたわけではありません。
前提として金銭価値とは信用を数値化したものであるとする。前提を補強するために例を挙げてみる。
例1:ノーブランドの大量生産品のバッグと、革まで拘りぬいたエルメスのバッグ、両方が10万円で合ったら多くは後者を選択するだろう。そのブランドが品質とそれを所有するステイタス、サポートを提供し、消費者はブランドを期待に応えてくれるだろうと信用し購入する。
例2:株価はその会社が赤字であっても上がり、黒字でも上がるとは限らない。将来の収益、倒産確率、経営者の手腕、技術力と言ったものを投資家が信用し、その信用に値する株価(=企業価値)が付いている。
例3:債券の場合はより顕著である。金融機関では信用を意味するクレジットという単語自体が債券を差すこともあり、ほとんど財務健全性(倒産確率)に基づき価格が決定する。潰れそうで信用ならない会社は債券価格が安く、大企業で安全な経営をしている信用できる会社は債券価格が高い。
アートにおいても同様であろう。有名作家の作品価格が高い理由は、美術館や著名コレクターの保有、数々の批評家による考察があり多くの個人・機関にその美術的な価値が保証されており、作品自体を物理的に構成するものも長期間保管可能なメディウムであろう。贋作や模倣・コピー品があったとしても、決して真作の美術的価値は将来時点においても廃れることは無い。モナリザを例に取ると、現在ありとあらゆるメディアに掲載され、あの女性にある種の陳腐化を感じるが、短期間でグルグル消費される一過性のデザインと異なり、美術的な価値は不変なのである。
資産ポートフォリオの分散効果や力の誇示を狙う裕福層の立場では、美術作品以上に多期間に渡り価値が保証されている投資対象・財も無く、まさしく信用するに値する財だ。
しかし有名作家の作品はオークションで売買されるケースが多く、オークションでは美術価値を適切に反映しているとは言えないケースも多く、更なる値上がりを見込む投機筋らの需要も価格に影響する。
--2019/12/23追記 村上隆は自著『芸術闘争論』の中で美術価値は「圧力」が一つの要素であり、人生を賭しているか、等が作品に圧力として現れると述べているが、私はこれを「信用」と言い換えたい。今まで作り続けてきたのか、今後も作り続けていくのだろうか。そういった信頼感こそが美術価値へと昇華され、それを定量的に図るものが来歴なのではないか?--
それではアートのプライシングとは何だろうか?決して100%カンで決めている訳でもないだろう。特に若手や駆け出し作家についてプライシングが難しいと聞くことも多い。美術品の信用を裏付け、金銭価値へと転写させる情報とは何であろうか?
それは来歴(Biography,CV)ではないだろうか。
簡易に方程式とすると以下の形となる。
美術品の価値 = 来歴 * サイズによる倍率 * マテリアルによる係数 *完成度
価格に対するウエートが大きいものが来歴であり、サイズ等に関わらず価格の水準全体を上下させるだろう。
来歴には具体的に
・教育(Education) 美術系専門or学士or修士or博士 若手は学閥も含むだろうか?
・出展歴(Exhibitions) 日本では貸しor企画画廊の差異も考慮できる。芸術祭も含む
・助成金取得歴(Grants) 文化庁やポーラ財団などが有名である。
・受賞歴(Prizes) 主に美術館の企画や公募展などの受賞歴
・コレクション(Collections) 美術館や公共団体のパブリックコレクション、日本ではほぼ見かけないが海外有名コレクターのコレクション入りなど
・出版、記事掲載(Publications) 著名雑誌への記事掲載、作品集などの出版