関係
空腹に耐えかね、積み上がった本の一番上にほったらかしにしてあったカロリーメイトを齧った。ぬるい食感と共に湿気った味がした。
気付けば9月も目前で、今年があっという間に過ぎるのを感じる。ふと年始にジャズセッションをしたことを思い出す。
仕事は来月から本格的に忙しくなるそうだ。新店舗のレセプションやフェア、出張などのスケジュールが詰まっている。シフト制で休みがあるが、実質的には不定休だと思う。
コロナウイルスにより学業(特に大学)や経済活動などが停滞しているようだが、僕はなかなかに波乱に満ちた8か月であったし、これからもそうだと思う。
Mさんと交際をしている。大学の後輩のD君を切っ掛けに繋がり、「付き合って欲しい」という旨のLINEメッセージを僕から送った後に交際が始まった。すぐに通話して、こんな告白の形でごめんと話すと、「言葉は言葉だから」と言ってくれたことが印象に残っている。
交際が始まって少し後に仕事が始まり、休みが合わずになかなか会えずじまいではあるが、「交際中」という関係自体が僕にとっては嬉しいものであるし、救いになっている。
フリーセックスもOKだし、Mさんが僕以外の誰かを好きになっても構わないという関係であり、一見寛大そうに見えるかもしれないが、実のところそうではない。
恋愛に於いて誰かを欲することが怖いのである。
今まで付き合ってきた人を通してわかった事であるが、僕はかなり彼女に依存する性質であり、その底なしの欲求に嵌ってしまうことが怖い。
一度嵌ってしまうと、彼女が何をしているのか、誰と会っているのかが気になって仕方がなく、それに伴って感情の浮き沈みが激しくなる。
金銭欲、物欲などあまりないタイプだとは思うが、色恋だと違うみたいだ。
なので、今のような関係が落ち着く。
勿論、どこか似たようなフィーリングを持っているような気がする、という所もある。
最近知り合った外資系生保の人にも言われたが、「人間は死ぬために生きる」ということだ。
死というゴールがあるからこそ頑張れるのかもしれない。
死は救済、死という事実があるだろうという期待が救済なのだ。
僕にとってアートとは、人生を賭けて夢中になれるかもしれないこと、荒っぽく言えば死ぬまでの暇つぶしである。
就職前は某念慮があり、実際に行動にも出たことがあるが、今のところアートに夢中でそれを忘れられている。
しかし僕の根幹には常に死がある。共に死と向き合えそうなMさんこそ、僕に必要な人かもしれない。僕らは婚約者であり、有事の際に結婚するのだから。
今度、大学の後輩のAの展示を名古屋へ観に行く。彼女は僕にとって一番かわいい後輩である。僕はある親近感を一方的に抱いている。元ご近所さんだったことや音楽や芸術への興味が共にあることもあるが、恩人だからである。
未だに仕事関係で世話になっている身で面目がないが、いつかは恩を返したい。
それから、Twitterで知り合ったKさんとの関係も僕の救いになっている。彼女とはリアルでは半年前に京都で会ったきりだが、それ以降もSNS等を通して繋がっている。バックグラウンドやフィーリングが似ている事もあって、やはり僕は一方的に親近感を抱いている。彼女とのゆるいSNSでのやり取りは、セーフティネットとして僕に必要なものだ。
去年だったか、Kさんが受験生の時に知り合って、僕の7個か8個下だけれども、僕よりもずっと賢くて秘めたものを感じる。
3人について書いたが、全員女性である。僕が主に精神的に影響を受けるのは今も昔もほぼ女性からだ。たまに自分が恐ろしくなるが、色恋、愛への底なしの欲求の反射鏡なのかもしれない。
皆さんには日頃からとても感謝している。Aとは展示で会う予定だが、またMさんのヴァイオリンを聴きたいし、Kさんと行けずじまいだったユニバにも行きたい。
今後とも、よろしくお願いします。
画廊に勤めた所感
大学のレポートが溜まっており、そちらを優先しなくてはならないのだけれども、どうも進まないので久々にブログを書いてみようと思う。4~5月にかけて小説モドキを色々書いていた以来である。
6月中旬にかけて画廊の求人の募集があったので2つの画廊に応募した。ひとつは書類落ち、もう一つは書類を送った翌日に面接、そして面接後直ぐお試しでやってみないかと言われ、そのまま入社(入廊?)。
画廊は、そのオーナー(ギャラリストと呼ばれる)の趣味性・個性が強く反映されるだろう。他のギャラリーに勤めた経験もないし、あまり比較して語れないのだが、入社したギャラリーはかなり特殊なのではないだろうか。
まず、ほぼ毎日食事・飲み会がある。従業員だけの場合や、契約している作家、コレクターや業界関係者を交えた会食のようなものまで、毎日行われる。当然、プライベートは犠牲になるだろう。入社直後にギャラリストに言われたことであるが、「この業界にプライベートは無い」という言葉が印象に残っている。しかし、飲みの場は決して世間話や愚痴を言い合うようなものではなく、業務や業界内のホットな情報などが交換されるため、実質的に参加必須といっても過言ではないだろう。僕は今のところは、そういった情報が好きなので全て出席している。
画廊が中途採用で求人を出すということは珍しく(アールビバンなどは別として)、話を聞いた限り15名~20名以上、相当数応募があったようだが、どうも前述のようにプライベートの大半が犠牲になるところがネックらしくすぐ辞めてしまい、今のところ常勤の新人スタッフは僕、なかなかのキャリアの女性、元美大生の3人しか残っていない。もう一人アルバイトの女学生を入れると4人だ。
皆さん、それぞれ美術において実技の経験があったり、美術史を学んでいたりするが、僕はズブの素人で、いまだに慣れないところがあり、しょっちゅう注意されている。飲みの席はどちらかというと体育会系的なところがあり、新人が気を配り、グラスにお酒を注いだり、注文を取り次いだり、とにかく気を遣う所が多い。文系かつ文化系の部活の出身の僕はそのあたりの所作が全くなっていなかったため、これまたしょっちゅう注意されている。
だが、ギャラリー側からもお試し期間中に「コイツは使えないな」と採用を蹴ることもあって、僕はなぜ残っているのか不思議に思う。一度だけギャラリストに「最近の若いのには珍しくガッツがある」と言われ、もしかしたらその食い付きの良さが買われているのかもしれない。入社して3日目に徹夜での飲みがあって、画廊近くのネカフェの床で2時間仮眠して翌日しっかり出勤したりしたこともあった。
また一般の業界にあるようなルーティン・ワークが無いという所も特殊である。今はコロナの影響で展示会やアートフェアが相次いで中止となっているが、会社の資料を見る限り相当数出展しているみたいだ。そういった現場ではその時その時の判断に任されるときがあり、出展作品の選定から、梱包、輸送、接客(あるいは接待)、資料の作成など、オールラウンドにこなさなければならないそうだ。
今任されている仕事は事務作業と梱包、輸送だが、近々オープンする新店舗に向けての準備や企画展の作家発掘などだ。定時までは業務に取り組み、食事会で情報を得て、帰宅後作家の発掘をしており、寝る時間以外はほとんどアート(たまに大学)に関することに浸っている。
画廊というのは特殊な業態である。アートのファンとして展示を見るならば、どの画廊も絵なり彫刻が展示してあるだけであるが、その展示に至るプロセスが画廊により全く異なる。うちのギャラリーではプライマリーと言って、契約した作家の新作を取り扱い、個展やアートフェアなどを通してコレクターと繋ぐスタイルであるが、セカンダリーという一度市場に出回った作品を業者間の交換会や買取で仕入れ販売するギャラリーもある。
貸しギャラリーと言って、展示スペースをアーティストに貸す対価として金銭を受け取る業態もある。貸しギャラリーは日本独自のシステムと言われているが、聞いた話によるとフランスでもプライマリーギャラリーが展示スケジュールの空白期間を所属ではないアーティストに貸す場合もあるそうだ。しかし、貸し専門のギャラリーは特に銀座を中心としてなお多い。
画廊スタッフというものは、音楽で言えばPA、照明、ブッキングなどの裏方にあたるところで、ライブの華やかさは非常に泥臭い仕事の上に成り立っているんだろうと思った。映画「スクール・オブ・ロック」にも似たようなセリフがあって、印象に残っている。芸術活動というものは、決してキャストやプレイヤー、アーティストだけで行われているのではない。
本音を言うと、画廊での勤務は僕はお勧めできない。観賞に飽き足らないよほどのコア・マニアか、それを生業と出来る人だけが付いていけるだろう。多くの画廊は、著名な画廊に弟子入りして独立、そしてその2世、3世によって成り立っており、ズブの素人がアートで食おうと思っても、手練れの業界人に逆に食われるだけだろう。生業と表現したように、アートをライフ・ワークにできない限り、ワーク・ライフ・バランスもくそもないこの業界で凌いでいくのは難しいと思った
それに、相当狭い業界である。家で眺めていた画廊の名前が、次の日の勤務時間にその名前が出てくるくらいだ。もちろん業界人と今後会う機会もあるだろうし、一度悪い噂が流れてしまえば一気に伝わるだろう。そういったところで、ある種の緊張感みたいなものはある。
趣味としてアートを楽しむならば、この狭い業界から一歩引いて、展示だけを楽しめばよい。美術館やギャラリーは無数にある。趣味としても十分に見応えはあるだろう。同様のことはアーティストにも言えると思う。生半可な覚悟では絵で食っていくと活動しても、逆に食われるはずだ。みんな多少なりとも「気の触れた」人たちで成り立っているため、自身も「気の触れる」覚悟が無い限り業界にかかわるのはやめたほうがいい。
では僕は「気の触れた」人間になる覚悟があるのかというと、ある、が、将来的には断言できない。アートフェアなどが再開し始めて本当に忙しくなった時に気持ちが折れる可能性もあるし、逆に適合してむしろ楽しめるようになるかどうかはわからない。ただ、僕は一度死んだ身(諸後輩などに迷惑をかけた)、ゾンビだと思っているので、この不思議で超人ばかりの業界に食らいついていこうと思う。
いずれにせよ、一般の業界、普通の生き方では到底味わえない刺激ばかりで、クセになるところがある。中毒性があるとも言ってもいい。久々に会った同期に陽キャになったとも言われたように、現代アート業界は毎日がお祭りである。祭りの準備も含めて。
【小説】児玉マキの宿敵
※この物語はフィクションであり、実在する人物・団体とは無関係です。
武死大学では教授が死亡した場合、履修者全員が最上位の成績、Sになるシステムだ。あたしらはそれで食ってる。
最近、同業者の中のうわさで聞いた。教授を守ることを任務とする、殺し屋を殺す殺し屋、ボディーガードが表れたと。その名も小林大輔(こばやしだいりん)。同業者―競合―ではなく、真っ向からの敵対者が存在することにあたしはどこかワクワクしていた。だって一方的に殺害するのは飽き飽きだもんね。
今日の依頼は社会学の南打教授の暗殺。14時30分の講義を終えるとオフィスアワー前に一度教授棟に寄るらしい。あたしはナイフを片手に教授棟の見通しの悪い場所で待ち伏せすることにした。しかし、その地点には既に先客がいた。男はこちらに歩み寄る。
「お前が、児玉マキか。教授を暗殺する依頼で食っているという下衆か」
「それがどうしたの。あたしの生き様にケチつけないで。そもそもあんた誰?」
「お前ももう知っているだろう。俺が小林大輔だ」
そういうと小林はナイフを取り出し逆手に持つと振りかぶる。あたしは間一髪のところで身をかわし、距離を取った。曲がり角越しに伺うと小林が見える。迅速にコートから拳銃を抜き、安全装置を解除した。
「よく躱したな。お前の同業者は俺の手で殺してきた。俺の行為は結果として教授、つまり学問を守り、国の文化水準を保つんだ。どこかの外野が高度知識人である教授を暗殺することは俺が許さない」
「あんた、国に雇われてんのね」
「その通り、俺の雇い主は内閣情報調査室。総理直属のエージェントだ。ただ俺が所属を名乗った所で数瞬後には誰一人覚えていないがな」
そういうと小林はリボルバー式拳銃であるニューナンブM60を取り出す。撃鉄を起こす音が壁越しに分かる。けれども発砲音で人目を引くはずだ。小林はそこまであたしを殺すことに容赦ないのか。あたしは階段を駆け上がる。小林の追う足音を背後に5階まで駆け上がると連絡通路を抜け、教授棟から5号館へ移動する。再び階段を降下すると小林の足音は聞こえてこなくなった。
「これじゃ任務の継続は不可能ね。小林とやるか、やられるか。おもしろいじゃない」
5号館を抜け出し、一気に駆け抜け、キャンパスへ出ると、周辺に賃貸しているアジトに帰ることにした。しかし、その胸はどこか高鳴っていた。
【?】児玉マキの爆破
※この物語はフィクションであり、実在する人物・団体とは無関係です。
武死大学では教授が死亡した場合、履修者全員が最上位の成績、Sになるシステムだ。あたしらの食い扶持はそういった依頼。
今日の依頼は大口シンジケートからの受注となった。シンジケートというのは共同の目的を持った団体であり、報酬は糸目つけないが、限りなく多くの学生をSにしてほしいということだった。恐らくシンジケートの構成員は単位が危うい学生らだろう。あたしは武死大学の教授棟を爆破することにした。
ボカーン!
依頼はこれで終了。はい、全員Sね
【小説】児玉マキの葛藤
「依頼なんだろ、僕を殺してよ」
藤井裕迫(ふじいゆうさこ)は弾切れした拳銃を力なく落とした。一歩前に進み、手足を広げ、仁王立ちする。ビルの屋上には壁面に吹き付けられた風が巻き上がり、ビル風となってその男のジャケットをはためかせた。5メートルの距離を空け、男と対立するのは児玉マキ。片腕で伸ばした拳銃の銃口は男の額に向けられている。しかしその銃口は、まるで本心のバロメーターかのように僅かに震えている。
「さあ、僕を殺してよ」
バン!と破裂音が響いた。だが、男は依然として立っている。
「とかいう人は生かしておく主義なの」
それは初めての未遂だった。
・・・
「児玉マキさん、ですよね」
児玉マキは大学からの帰り道、後方から話しかけられた。彼女はすぐさま警戒し、拳銃を隠してあるコートの内ポケットに手を伸ばしつつ振り返った。長年のヒット・ガール生活で染み着いた癖だ。不意に命を奪うのが生業なら、また不意に命を奪われるというのもカルマである。内ポケットの中で拳銃の安全装置を解除した。
「そうですけど、あたしに何の用ですか?」
「俺、北俊作と言います。依頼を受けてくれると知り合い伝手に聞いて」
そういう男の風貌はヒップホップでもやっていそうなルーズなパンツにこれまたルーズなロングT、そしてつばが真っ直ぐのキャップをかぶっていた。ピアスなどの装飾具は見つからず、その男の密かな良心性というものをマキは感じた。
「そうね、けれどそれも報酬次第よ。路上というのも難だし、場所を変えましょうか。この時間でもやってるこういった話にもってこいのバーを知ってるから」
密かに拳銃の安全装置を掛けると、マキは来た方向と逆に歩き出す。北も慌ててその後を追う。1.5メートルほどの距離を空けて二人は併走する。250メートルほど歩いた所に、店内が見えない重厚な扉のバーの前に立つ。
「なんだか怖そうな店ですね」
「言っておくけど、割り勘よ。お金はあるんでしょうね」
マキは扉を開けると掛札をOPENからCLOSEDに反転させる。
「マスター、ちょっと貸切でお願いね、あと、いつものを二人分」
「かしこまりました」
そういうとバーテンダーはジンとベルモットを取り出し、器用な手さばきで冷えた容器をシェイクする。
「それで、依頼って何?」
冷えたグラスにマティーニが注がれ、オリーブが添えられた。
・・・
男は拳銃を片手に神社を走り抜けている。それは追われているからだ。追うのは児玉マキ。暗殺が失敗し、ターゲットに察知されたのではない。彼女の意思でそうさせたのだった。20メートルの距離で発砲するが、動くターゲットには命中しない。空マガジンをスカートのポケットに入れ、コートから素早く次のマガジンを取り出すと再装填した。男も撃ち返すが、マキは素早く木の陰に身を隠した。
神社を抜け雑居ビル群に入る。男を追い非常階段を駆け上ると屋上に出た。
「僕たち昔は愛し合っていたじゃないか、君は依頼こそが人生のすべてなのかい。まあいいや。依頼なんだろ、僕を殺してよ」
藤井裕迫は弾切れした拳銃を力なく落とした。
【小説】児玉マキの日常
武死大学では教授が死亡した場合、履修者全員が最上位の成績、Sになるシステムだ。あたしらはこういったニッチな需要で存在できる。
ガンオイルを塗ったスワブを銃口から通す。ガンパウダーの残りカスをふき取るとスライドを戻し、弾倉を込めておく。あたし、児玉マキは生まれついてのヒット・ウーマン。相方は斎藤ハルナ。あたしが二十歳になってから今日までの2年間、バディとしてやってくれている。
この前の依頼は武死大学に所属する千打教授の暗殺。あたしはピザ配達員の格好をしてキャンパスに向かい、教授棟へ入り込んだ。ほどなくして千打の名札が見えるドアの前に立つと、声帯に力を入れビジネス用の声でこう言う。
「こんにちは、ドミソピザです! ピザのお届けに参りました!」
中から返事をするターゲットの声が聴こえる。そのままだ、ドアを開けろ。
「ピザ?うちじゃないですけど」
ドシュ、ドシュ。腹部に一撃を当て動きを止め、2発目で頭部を狙い確実にとどめを刺す。依頼はこれで終了。はい、全員Sね。
今日の依頼は財務報告論1の島福教授の暗殺。ターゲットは講義後に見通しのいい空中庭園に休憩にくるとの情報が添えてあった。あたしは狙撃を試みる事にした。観測者・スポッターとして斎藤ハルナに任せる。
講義が終わる10分前、空中庭園が見える近くのビルの屋上に移動した。あたしの得物はSAKO社のM85、.308ボルトアクションライフルだ。日本国内でも猟銃として合法的に入手できる。スコープはLeupold社のVX-6HD、ズームは3-18倍で44mmの対物レンズだ。高級品なだけあって明るくクリアな視界、くっきりとしたレティクルで撃ちやすい。
ターゲットまではおおよそ400メートルといったところか。ハルナが風速計に注目している。
「マキ、東向きの風が秒速4メートル。いつもの125グレインじゃなくて重い弾頭の175グレインを使って。着弾までおおよそ0.6秒かかるわ。左に4クリック回して。重力分を考慮すると2MOA下落する」
「了解、左に4クリック、重力分も考慮にいれる」
「16時10分、講義終了ね、ターゲットの到着予想はあと7分といったところかしら」
あたしは伏射姿勢、バイポッドを展開し、斉藤ハルナはスポッティングスコープを三脚 に立て様子を窺っている。ターゲットの到着は7分と言えどいつあくまで予想だ。いつ訪れても外さないように同じ姿勢をキープし続ける。この忍耐が狙撃には必要だ。
「ターゲットらしき人物を発見、OK、IDは確認したわ。マキ、クリアな状況で狙撃して」
「了解」
島福教授、ターゲットは空中庭園を一回りすると近くのベンチに腰かけた。柱の一本がちょうどターゲットの上体に対して陰になった。
「くそ、柱が邪魔。 ハルナ、ターゲットは何分で移動するの」
「4分と言った所かしら」
「じれったい!」
「マキ、落ち着いて。彼がまた移動する時こちらから遠ざかる形になるわ。その時に一度胴体に着弾させて、次で止めを刺せばいいだけよ」
ターゲットはレジュメを確認し終わると腰を上げ、移動を始めた
「マキ、今!」
ボシュ・・・。秒速800mで射出された弾丸は空気抵抗で減速しながら0.6秒間で400m移動し、ターゲットの腰部に激突した。
「もう一発!」
あたしはボルトハンドルを後退させ、次弾をチャンバーに送り込む。再びスコープを覗き動きを止めたターゲットに再び発砲した。ハルナがスポットスコープを覗き、ターゲットの様子をチェックすると口を開いた。
「ターゲットの死亡を確認。これで財務報告論1を履修した学生は全員Sになったわ。報酬は死亡届け確認後後日振込との事」
これがあたし達の日常。あたしとハルナは最高のパートナーだ。
【小説】バトルロイヤル大学 ②
「これっぽっちじゃどうしようもないっすね」
「仕方ない、とりあえず飲むか」
現在7号館3階、ぬるいレッドブルを一気に飲み干すと、適当なデスクの上に放り投げた。カシャ、と音を立て残り汁を垂らしながら転がり、床に落ちた。
「6号館に移動するか。7号館2階部分は繋がってるし、7号館は今のところクリアしているから襲われる心配もなさそうだ」
「了解っす、とりあえずPCがある6号館6202教室に移動しましょ」
階段を降りて2階部分に到達すると、6号館の連絡通路からこちらに人が走ってくるのが見えた。俺達は慌てて身を隠す。どうやら追われており、冷静沈着というよりは慌てた走りっぷりだ。そしてこちらには気づいていないようだ。
「土肥、こいつらが7号館に入った瞬間、やるぞ」
土肥は頷く、俺と土肥の射線が交差しないよう、壁の一面に二人で固まる。あと5秒・・・、4、3、2。
「今だ!」
俺と土肥は7号館に入った瞬間の二人を連続で発砲した。勢いが付いていた体は、持ち主が死んだ後も感性で動き続ける。前のめりに転倒した死体は床を2メートル滑り、壁面に激突した。激突した壁面に赤いバラが咲いた。持ち主の手を離れたコルト・ガバメントM1911がこちらに滑り込んできた。
「追手はいないようだな、室内なら外から狙撃される危険も無い。物色するぞ」
出てきたのは、.45ACP弾とマガジン、グロック17、軽飲食料。それらをとりあえず土肥のリュックに収納すると、7号館2階、連絡通路に出た。直後左前方―1号館の方だ―に何かが反射するのが見えた。
・・・
「伏せろ!」
パチン、と辺りの床が銃弾でめくれ、飛び散った。飛び散った破片が俺の脚部に命中し、出血した。
「スナイパーだ!」
俺と土肥は慌てて遮蔽物に身を隠すが、7号館へ戻るには距離がある。拳銃で交戦するには遠すぎる。物資の中にはゼロインされたスコープがマウントされたライフルもあったということだ。初めからスナイパーライフルを手にした幸運な連中もいた訳だ。断続的に発射される弾丸が俺達が身を隠す遮蔽物に着弾し、パチン、パチンという断続的な破裂音が響く。僅かに遅れて発射音が聴こえ、スナイパーとの距離が100メートルほど離れている事を示唆していた。
「彼ら二人が逃げていたのはこういうことだったわけか!」
「いきなりピンチっすね。馬場さん、俺が打ち返すので7号館に入ってください! 後に続くので!」
「土肥、それはムチャだ! 100メートルもあるぞ、ハンドガンじゃまるで相手にならない」
「大丈夫っす、俺が死んでも馬場さんが生き残れば卒業できるじゃないですか、その為ならこの身惜しまないっすよ。今っす!」
土肥は立ち上がり、反射するスコープー太陽はちょうど真南だ―が見える方角にベレッタを乱射した。激しい発砲音に混じり近くのコンクリートに着弾する音も聞こえた。俺はそれらを背後にして7号館2階へ滑り込んだ。土肥は15発撃ち終わると遮蔽物に隠れ、ベレッタの空マガジンを足元に落とし、ポケットから新しいマガジンを取り出しリロードをすると再び乱射を始めた。
「土肥、もういい、こっちにこい!俺がカバーする」
俺は銃口だけを壁から覗かせ、土肥に射線が被らないようスコープの見える方向に乱射する。土肥は素早くこちらに滑り込んでくる。その足元には弾痕が次々と付いてゆく。その弾丸の一つが土肥の左腕に当たった、様な気がした。
「大丈夫か!?」
「大丈夫っす、掠っただけっす」
土肥は破れたロンTの袖口から出血している。俺は先ほど射殺した、二つの死体の持ち物であったリュックから紐を取り外すと、回りのロンTの繊維をとりあえずの包帯替わりとして左腕に巻きつける。そのまま7号館2階を移動し、螺旋階段の踊り場まで退避した。
「つつ、痛って・・・」
「しかし、助かったな・・・。ただ、どちらかが死んでもダメだ。途中一人死んだら後が大変だろ?必ず二人で生き残って武蔵大学を卒業するんだ」
「了解っす、ちょっと取り乱し過ぎちゃいましたね」
「マガジンも1個無くなったしな・・・。このまま1階も物色しよう」
1階には人の気配が無かった。待ち伏せを警戒して一部屋ごとにクリアリングを掛ける。次々と部屋を捜索していると9x19mmの弾薬が30発、ベレッタがもう一丁、ベレッタのマガジン3つ、大きめのリュックが手に入った。銃器の銘柄は同一であるほうがマガジンの融通が利くのでP226とマガジンから弾薬を抜き、ベレッタのマガジンへ差し替え、余った弾薬をリュックの中に入れた。そのまま連絡通路の下を通って6号館1階部分へ向かう。
途中アナウンスが聞こえた。
《12時なりましたので、武蔵中高エリア、A1からD2までのエリアを封鎖します。学生は直ちに収縮後の試験会場エリアに移動してください》
「土肥、タブレットの方はどうなってる?」
「あ、そうだった、確かにA1からD2が赤い斜線で覆われてますね。いかにも入っちゃダメ的な」
「移動しなくて済む7号館で助かったな」
スナイパーを警戒して見通しの悪い1階部分を通り6号館へ移動する。6103教室には明らかに人の気配がした。男女の話し声がする。土肥に廊下の警戒を任せ、スリットから覗くと教室の奥側、長机4,5つ離れたところに、サブマシンガンであるMP5を構えた男、拳銃を持った女がいる。
上手く強襲できればMP5が手に入るチャンスかもしれない。弾薬も9x19mmとハンドガンと共有できる。俺は土肥に目配せをすると土肥も頷いた。音が出ないようにベレッタの安全装置をゆっくりと外し、二人がドアの外を向いているタイミングで勢いよく飛び出した。驚いている男に素早く照準を合わせ発砲するが男は身をよじって回避した。長テーブルを4個挟んで打ち合いになり、サブマシンガンの弾の雨が次々と長テーブルをレンコンのように変え、俺は伏せてやり過ごした。土肥はテーブルの合間から女の足を狙い、女を転倒させたところで弾切れを起こした。
「馬場さん、弾がねっす!」
「おら、もってけ!」
土肥の元にマガジンを滑り込ませると土肥は素早く装填し、女にとどめを刺すと、俺も同様に机の下から見える男の足を撃ち、転倒させたところに2,3発ほど胸部めがけて発砲した。動かなくなったことを確認して近寄る。
「派手になっちまったな、素早く物資を回収して部屋を出よう」
「やっとMP5が手に入りましたよ、これで火力が増えますね」
俺は男からMP5、リュックから9x19mmの弾薬が30発入るMP5のマガジンを3つ奪い取り、ベレッタを腰のベルト部分に挟めた。MP5にはガンスリングが付いており、体にぶら下げて携行が出来る。少なくともこれで近接戦闘での火力に困ることは無いだろう。俺はMP5のチャージングハンドルを切り込みにひっかけ、マガジンを送り込む。そしてチャージングハンドルを再び元に戻して装填が完了した。そして、空きマガジンに9x19mmの弾薬を込めていくとそれをジャケットの内ポケットに挿入した。
「これで俺達が殺したのは6人か、ずいぶんと上出来な"中間発表"だな。MP5もあるしこれなら積極的に戦闘して物資を補給していけるかもしれない」
隣の教室である6102教室をクリアリングすると、ケブラー繊維による防弾ジャケットが二人分置いてある。ハンドガン程度の弾丸なら無傷で済みそうだ。俺達はそれらを着込むと、防弾ジャケットのポケット部分にマガジンを指し込んだ。
「ありがたいっすね、これであとライフルさえあれば無敵じゃないですか」
パン!という発射音がA4エリア、2号館の方から聴こえてきた。どうやら数グループが戦闘中らしい。俺達は用心深く6号館の外へ出ると、2号館を覗く。2号館は学食となっており、中は相当広いスペースだ。最大の幅で50メートルはある建物で、いくつものテーブルをまたいで2グループが銃撃戦を繰り広げていた。彼らは弾丸に余裕があるんのか、互いに拳銃を乱射し合い、多くの机をレンコン状に変えていた。俺と土肥は大広場に連結している2号館の職員待機室へ移動し、どちらかが倒れて物資を物色するタイミングを伺う。数度発砲音が聴こえた後、沈黙が訪れた。
「まだ待とう。まだ周辺を警戒しているかもしれない。あと2分待ったら突撃だ」
ドアに耳を当てるとわずかに2号館大ホール内で動く2つの足音が聞こえてきた。それはこちらに向かってきており、こちら側の組が蹂躙されたことを意味していた。俺はチャンスと思い、音もなく土肥と顔を見合わせる。足音が止んで物色の音が聞こえてきたタイミングで俺はMP5の安全装置を外し、飛び出した。
その直後、厨房の奥にずっと隠れていたもう一組も出合う。同じ漁夫の利を狙っていた連中だ。彼らの銃口は戦闘に勝利していた物色中の二人へ向いていた。
「馬場さんまずいっす、一端退きましょう」
俺達はドアを閉め逃走することにした。背後から発砲音と短い悲鳴が聞こえてきた。2号館の外側を抜け、2号館に併設された誰もいない学生ラウンジを抜け、そのまま一号館に入り、入口付近にある地下の階段を使い1号館B1階に忍び込んだ。幸いにも敵襲は無かった。1号館B1階は明りが付いていないので暗く、身をひそめるのにはうってつけだ。階段を降り切ると1001号室、大講義室へ通じるドアがあった。この暗がりでは身動きが取れない。俺と土肥はしばらく身を隠していると、唐突に講義室の明かりがついた。