所感

生活の所感を投稿します。

画廊に勤めた所感

 大学のレポートが溜まっており、そちらを優先しなくてはならないのだけれども、どうも進まないので久々にブログを書いてみようと思う。4~5月にかけて小説モドキを色々書いていた以来である。

 

 6月中旬にかけて画廊の求人の募集があったので2つの画廊に応募した。ひとつは書類落ち、もう一つは書類を送った翌日に面接、そして面接後直ぐお試しでやってみないかと言われ、そのまま入社(入廊?)。

 画廊は、そのオーナー(ギャラリストと呼ばれる)の趣味性・個性が強く反映されるだろう。他のギャラリーに勤めた経験もないし、あまり比較して語れないのだが、入社したギャラリーはかなり特殊なのではないだろうか。

 まず、ほぼ毎日食事・飲み会がある。従業員だけの場合や、契約している作家、コレクターや業界関係者を交えた会食のようなものまで、毎日行われる。当然、プライベートは犠牲になるだろう。入社直後にギャラリストに言われたことであるが、「この業界にプライベートは無い」という言葉が印象に残っている。しかし、飲みの場は決して世間話や愚痴を言い合うようなものではなく、業務や業界内のホットな情報などが交換されるため、実質的に参加必須といっても過言ではないだろう。僕は今のところは、そういった情報が好きなので全て出席している。

 画廊が中途採用で求人を出すということは珍しく(アールビバンなどは別として)、話を聞いた限り15名~20名以上、相当数応募があったようだが、どうも前述のようにプライベートの大半が犠牲になるところがネックらしくすぐ辞めてしまい、今のところ常勤の新人スタッフは僕、なかなかのキャリアの女性、元美大生の3人しか残っていない。もう一人アルバイトの女学生を入れると4人だ。

 皆さん、それぞれ美術において実技の経験があったり、美術史を学んでいたりするが、僕はズブの素人で、いまだに慣れないところがあり、しょっちゅう注意されている。飲みの席はどちらかというと体育会系的なところがあり、新人が気を配り、グラスにお酒を注いだり、注文を取り次いだり、とにかく気を遣う所が多い。文系かつ文化系の部活の出身の僕はそのあたりの所作が全くなっていなかったため、これまたしょっちゅう注意されている。

 だが、ギャラリー側からもお試し期間中に「コイツは使えないな」と採用を蹴ることもあって、僕はなぜ残っているのか不思議に思う。一度だけギャラリストに「最近の若いのには珍しくガッツがある」と言われ、もしかしたらその食い付きの良さが買われているのかもしれない。入社して3日目に徹夜での飲みがあって、画廊近くのネカフェの床で2時間仮眠して翌日しっかり出勤したりしたこともあった。

 

 また一般の業界にあるようなルーティン・ワークが無いという所も特殊である。今はコロナの影響で展示会やアートフェアが相次いで中止となっているが、会社の資料を見る限り相当数出展しているみたいだ。そういった現場ではその時その時の判断に任されるときがあり、出展作品の選定から、梱包、輸送、接客(あるいは接待)、資料の作成など、オールラウンドにこなさなければならないそうだ。

 今任されている仕事は事務作業と梱包、輸送だが、近々オープンする新店舗に向けての準備や企画展の作家発掘などだ。定時までは業務に取り組み、食事会で情報を得て、帰宅後作家の発掘をしており、寝る時間以外はほとんどアート(たまに大学)に関することに浸っている。

 

 画廊というのは特殊な業態である。アートのファンとして展示を見るならば、どの画廊も絵なり彫刻が展示してあるだけであるが、その展示に至るプロセスが画廊により全く異なる。うちのギャラリーではプライマリーと言って、契約した作家の新作を取り扱い、個展やアートフェアなどを通してコレクターと繋ぐスタイルであるが、セカンダリーという一度市場に出回った作品を業者間の交換会や買取で仕入れ販売するギャラリーもある。

 貸しギャラリーと言って、展示スペースをアーティストに貸す対価として金銭を受け取る業態もある。貸しギャラリーは日本独自のシステムと言われているが、聞いた話によるとフランスでもプライマリーギャラリーが展示スケジュールの空白期間を所属ではないアーティストに貸す場合もあるそうだ。しかし、貸し専門のギャラリーは特に銀座を中心としてなお多い。

 

 画廊スタッフというものは、音楽で言えばPA、照明、ブッキングなどの裏方にあたるところで、ライブの華やかさは非常に泥臭い仕事の上に成り立っているんだろうと思った。映画「スクール・オブ・ロック」にも似たようなセリフがあって、印象に残っている。芸術活動というものは、決してキャストやプレイヤー、アーティストだけで行われているのではない。

 本音を言うと、画廊での勤務は僕はお勧めできない。観賞に飽き足らないよほどのコア・マニアか、それを生業と出来る人だけが付いていけるだろう。多くの画廊は、著名な画廊に弟子入りして独立、そしてその2世、3世によって成り立っており、ズブの素人がアートで食おうと思っても、手練れの業界人に逆に食われるだけだろう。生業と表現したように、アートをライフ・ワークにできない限り、ワーク・ライフ・バランスもくそもないこの業界で凌いでいくのは難しいと思った

 それに、相当狭い業界である。家で眺めていた画廊の名前が、次の日の勤務時間にその名前が出てくるくらいだ。もちろん業界人と今後会う機会もあるだろうし、一度悪い噂が流れてしまえば一気に伝わるだろう。そういったところで、ある種の緊張感みたいなものはある。

 

 趣味としてアートを楽しむならば、この狭い業界から一歩引いて、展示だけを楽しめばよい。美術館やギャラリーは無数にある。趣味としても十分に見応えはあるだろう。同様のことはアーティストにも言えると思う。生半可な覚悟では絵で食っていくと活動しても、逆に食われるはずだ。みんな多少なりとも「気の触れた」人たちで成り立っているため、自身も「気の触れる」覚悟が無い限り業界にかかわるのはやめたほうがいい。

 では僕は「気の触れた」人間になる覚悟があるのかというと、ある、が、将来的には断言できない。アートフェアなどが再開し始めて本当に忙しくなった時に気持ちが折れる可能性もあるし、逆に適合してむしろ楽しめるようになるかどうかはわからない。ただ、僕は一度死んだ身(諸後輩などに迷惑をかけた)、ゾンビだと思っているので、この不思議で超人ばかりの業界に食らいついていこうと思う。

 

 いずれにせよ、一般の業界、普通の生き方では到底味わえない刺激ばかりで、クセになるところがある。中毒性があるとも言ってもいい。久々に会った同期に陽キャになったとも言われたように、現代アート業界は毎日がお祭りである。祭りの準備も含めて。